東京都 錦糸町 巡り 〜 亀戸天神社 〜

東京都の錦糸町の近くにある「亀戸天神社」「千種稲荷神社」へ行ってきました。その時の様子を共有させて頂きます。

亀戸天神社とは?

亀戸天神社は、東京都江東区亀戸にある神社になります。菅原道真を祀り、学問の神として親しまれています。古くは、亀戸天神社のご本社にあたる九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称されていました。明治6年には、東京府社となり、亀戸神社と号し、昭和11年に現在の亀戸天神社と正称いたしました。

なお、亀戸天神社は、東京十社の一つにも数えられている神社になります。

亀戸天神社のアクセス

亀戸天神社への(電車での)アクセスについては、以下の通りになります。

  • 東京メトロ半蔵門線 錦糸町駅 徒歩約15分
  • JR線 錦糸町駅 徒歩約15分
  • JR線 亀戸駅 徒歩約15分

亀戸天神社の様子

ここで、亀戸天神社の様子の一部を写真で紹介していきます。

筆塚

道真公の筆筆を神筆と称し、空海と小野道風とに並ぶ能書家と言われたことに因み書道の神と仰がれていました。そのため、筆塚祭には書道上達、学問向上を願う人々が使い古した筆を納め、上達を祈願します。

太鼓橋 男橋

男橋は、大鳥居を過ぎると最初にある橋になります。太宰府天満宮を模して造られました。池と橋を人の一生に見立てた「三世一念の理」に基づき、この橋は過去を表しています。

太鼓橋 女橋

女橋は、本殿の手前にある橋になります。この橋は、希望の未来を表しています。太鼓橋は、歌川広重によって描かれ、「名所江戸百景」の「亀戸天神境内」として発行されました。

弁天社

1665年7月に、太宰府天満宮心字池畔の志賀社を勧請したものになります。その後、亀戸天神の心字池を上野不忍池に見立て、「弁天堂」と呼んだことから、七福神の1つである弁才天として信仰されるようになりました。

五歳菅公像

昭和52年、道真公御神忌1075年大祭記念として奉納され、台座には5歳の時庭前の紅梅を詠まれた和歌が刻まれています。

神牛殿

菅原道真は、845年6月25日の乙丑年に生まれ、903年に亡くなりました。その葬送中、遺体を乗せた車を引く黒牛が動かなくなり、その場所を墓所と定めました。その後、その場所に社殿を建立し、御霊を祀ったことが、太宰府天満宮の起源であり、その年も乙丑年でありました。また、道真が京都から大宰府へ下向中、白牛によって難から逃れることができたという故事が伝えられています。道真と牛との縁は深く、神牛座像は1961年、鎮座三百年祭時に社殿の復興とともに奉納されました。

なお、神牛に触ることにより病気を治し、知恵を得るといわれています。牛は天神の神使として信仰されています。

御嶽神社

御嶽神社は、道真の教学上の師である延暦寺第十三代座主、法性坊尊意僧正を祀ります。「卯の神」として知られ、正月初卯、二の卯、三の卯には、卯槌や卯の神札が授与されます。

なお、正月の初卯詣は、江戸時代から大変賑っていたことが「東都歳事記」に記され、卯杖と卯槌は1831年の卯年から売られるようになったが、当時の卯杖と卯槌の形状は「日本民俗図志」に描かれています。

亀戸天神社の御朱印

亀戸天神社では、御朱印を頂くことができます。

千種稲荷神社(錦糸公園)とは?

千種稲荷神社は、錦糸公園の一角にある神社になります。千種稲荷神社の御祭神は、宇賀御魂神になります。なお、千種稲荷神社の創建年代は不詳で、柳島村の守護神として祀られたと伝えられています。明治時代では、当地が、旧陸軍兵器廠錦糸堀倉庫となり、その際にも、火除けの守護神として残されたと言われています。

千種稲荷神社(錦糸公園)のアクセス

千種稲荷神社への(電車での)アクセスについては、以下の通りになります。

  • 東京メトロ半蔵門線 錦糸町駅 徒歩約3分
  • JR線 錦糸町駅 徒歩約3分

千種稲荷神社(錦糸公園)の様子

ここで、千種稲荷神社(錦糸公園)の様子の一部を写真で紹介していきます。